荒野の一ドル銀貨―ブログ版
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ひつじ

平凡なひつじです。
風流かぶれのをかしな日常を
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2006.05.16.走れ正直者(一)
牛でやってゆくことに決めた。

牛の道にも色々ある。荷を引く牛、耕す牛、乳を出す牛、食べられる牛。まれには観賞用などというのもあるらしい。けれどじぶんは生来の牛ではないのでそれはむつかしそうだ。

せっかくなるのだから、なにか新しい道を切り開くとするか。
と、決めた。

決めてしばらくは忙しくしていた。茶を飲んだり寝転がったり本を読んだり、まりもの水を替えたり、じつに多忙にしていたのだけど、次第に何か物足りなくなってきた。

どうやら、おのれひとり牛を気取っていてもあまり喜びは沸き起こらないようだ。
やはりここは社会に出、積極的に牛だと認められていかねばならぬ。

久しぶりで履歴書を用意した。

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2006.05.02.布教
雨が続いている。

春先に降る雨を、なんというのだったか、翠雨、だったか。
「はるさめ」でもまあいいのだけどちょっと澄ましてみた。

夕方買い物に出、帰る頃に月がひさしぶりに出ていた。細い三日月だった。雲がまだ少し残っているためか幾分淡い色をしていた。

道々、細く淡い月を見上げながらきこきこ自転車を進める。
視界の中の月を調整しながら帰るのである。

建物の影に入れてみたり、水面に入れてみたり、木々の梢に透かしてみたり、などしつつ進むうち、「団地建設予定地」と断りのついた、だだっぴろい空き地に差し掛かった。

むやみに風情な空間だった。くろぐろとした土が柵に囲まれた一面を覆っていて、木が幾本か、適当に突っ立っている。木の上の方をめがけてなぜか柱が三本ずつ立てかけてあって、なんだか少し、どっかの部族の祭壇のような趣になっていた。


一枚の絵を飾るように、静かに月が浮かんでいた。


ただただそれを見上げていた。すると通行人がひとり、「なにごとか」というような面持ちで空を見上げながら脇を通り過ぎていった。

誘導成功である。

「風流」の精神はこのようにして伝えられてゆく。風流なポイントでただただ風流に心ゆだねる。道とは、学校だの会社だの家だのをつなぐだけのものではあるまい。見飽きた道、飛ぶように過ぎる日々、けれど埋もれさすには惜しいものもある。と、無言で訴えかける。


ただ、少し不審ではあるかもしれない。

2006.04.25.定演(四)
(ここまでのあらすじ…定期演奏会を見に行ってみた。)

■M
今回はじゃず研の舞台に初めて欠席した。

これまではじゃず研のイベントが生活の中心で予定も都合もすべてそれに合わせて参加してきたものだから、ただ見ているだけの聴衆という位置は慣れないことおびただしい。気楽ではあるけれど座りが悪い。

卒研に腰を入れるため出演の誘いを丁重に断ったのはじぶんだった。結果、奇跡的に学業を終えられた。だから文句のあろうはずはない。それにいつもは自分の出番に集中するあまり、他の部員だの友人だのの演奏をほとんど聴けない。たまには腰を据えて鑑賞してみるというのもまあいいかと思っていた。

思っていたのだけどつまらなかった。


会場でぼんやりと眺めていると、部員の悲喜こもごもがあれこれ見える。

出番前、がちがちに緊張するもの。絶望するもの。諦観するもの。そうでもないもの。必死に譜面を見ているもの。あんぱんを探しているもの。

出番中、集中するもの。不意のアクシデントにまごまごするもの。音で会話するもの。しないもの。プレッシャーと闘うもの。心底楽しそうに他の奏者の演奏を見ているもの。

出番後、泣いているもの。笑っているもの。取り返しのつかない十字架を背負ったような面持ちで黙っているもの。放心しているもの。ただ疲れて眠そうなもの。寝ているもの。

どれひとつとっても過去がよみがえって仕方ない。
うらやましくて仕方なかった。仕方なくてつまらなかった。
それで割と静かにしていた。

私は練習をしないのに目標だけは高い困った人間だったから、湧き上がってくるのはうちひしがれていた思い出ばかりだ。だから浮かれている人間のことはよくわからないけれど、沈んでいる人間はなんとなく考えていそうなことがわかるように思う。

この後、じぶんに絶対的に足りていないものに直面して苦難の道を辿ることになるはずだ。

モダンジャズの根幹である「即興で演奏をせよ」という精神にはどうにか慣れた。それはいい。
その後、ではそれは音楽か。と問われて答えることができるか。



以下ちょっと長く書く。
【付記】
2006.03.04.定演(三)
■softly
一日目は気が塞いでいた。

人に会えばそれなりに話はするし、熱い演奏を見ればはしゃぎはするのだけど、気を緩めるとだめだった。びっくりばこの中身がひとしきり揺れてから箱に帰るみたいに、ぺしゃりとなって、やがてだまった。むだ毛バンドの後は一人で聴いた。

ジャズという音楽は、どうしてこんなにも聴き手の心に影を落とすのだろうか。

旋律が暗い曲やブルーな曲はもちろん、ど長調の明るい曲にも、やはりどこか陰影を帯びて聴こえる。翳っている。にじんでいる。ような気がする。ことがある。

そんなことを思った。

気がつくと、家を出る前にきちっと閉じてきたはずのあたりにいつのまにか音楽が演奏が忍び込んで、鳴り響いていた。

眼窩付近から液状のものが出て止まらず難儀した。
音楽は不思議だなと思った。

<二日目>

■も
二日目はこの「も」トリオの途中から。
楽しみにしていたのに少し見逃した。

一昨年の定演で『枯葉』の名演を観てから、ごくひそかにこのトリオのファンだった。一年生の時から頭抜けた演奏をしていた割に何か常に不満足そうなトリオで、うかつに「感動しました」などと言うとたいてい「あ、ほんとにー」「そうすか?」と微妙な笑顔で返されるのだった。

昨年は『All The Things You Are』がかなりなことになっていた記憶があるのだけど、最近聞いたところによると本人らはこれっぽっちもできばえに納得しておらず、その後も演奏するたびにへこみ、長く課題曲となっていたそうだ。

褒めがいは、ない。


今年は『My Funny Valentine』一曲ぎりだった。

楽しみにしていたのに、途中から見たせいか曲のどこかからフリージャズになっていたのしか覚えていない。遅れをとった。ベースAMN氏に寄せて一言書きたいのだけど、困った。

今こんなところで明らかにしなくてもいいのだが、四年もジャズ研究会などというサークルに入り浸っていながら、じぶんはいまだにベースプレイの良し悪しがわからない。

せいぜいがところ「カッコいい」「そうでもない」くらいのことしか言えず、しかしそんなくだらないことを言ったとて彼の乾いた魂はうるおわないのだ(たいていその日の出番を終えると控え室などでへこみきっているのに、悪いことにこの時ばかりは上機嫌で、適当にほめるというわけにも行かず、また始末が悪かった)。

どうしたものか。

仕方ないのでもう一度録音を聴いてみることにする。
我ながらねっしんな信徒である。

2006.03.04.定演(ニ)
■司会
今回初、ばんど入れ替わりの幕間に、「MC」の導入が試みられた。

この大役にばってきされたのが、ジャズ研のイベント前になると必ず「遠くを全力疾走していた」「鉄棒で懸垂していた」、などと目撃談が出るので有名な、ある青年であった。

常ににこやかかつさわやかで物腰ていねいなのだけど、そのくせ、なぜか相手に誠意というものがみじんも伝わらない悲しい人柄で、我々としてはいわゆる<彼=うそくさい>の式でよく知った人物である。いつでも成り立つ安定したうそっぽさには定評があった。

ただどういうわけかひとたびマイクを持って語り始めるとなかなか堂に入ったもので、前大祭ではみずからのバンドの解散宣言を行い、胸を打つスピーチで聴衆の感涙を誘った(メンバーは必死に笑いをこらえてふるふるしていた)。
知らぬ人から見れば、なにかしら訴えかける力はかなりのものらしい。
そのマイク術を買われ、晴れて大役、総合司会である。

青年が世間と来場客をどこまでだましおおせるのか、見ものではあった。

杞憂であった。

見事に進行していた。楽隊が演奏の準備をしているあいだじゅう、青年はしゃべり通した。楽隊の結成のいきさつだの、アピールポイントだの、抱負だのなんだの、曲の解説だの、果てはジャズの歴史講座なんてものまで語っていた。徹底して無為な時間を作らないようにしていた。なかなかだった。なかなかに騙していた。

仕事の完成度の高さはおそらく事前の入念な準備によるところが大きい。原稿係との打ち合わせも怠りなく、当日も持ち歩いていた大荷物の中、ちらりと見えた分厚い資料の束が手間のかかりようを物語っていた。

うそくささも大事にしつつ、しかし何も知らぬ一観客として観ていさえすれば、たいそう立派な進行であったことだろう。来場者に寄せてもらったアンケートにも、事実、数多く彼の名があがっていた。*相当の演奏でよほど感動した場合などでなければこんなには反響は来ないと思う。

間違いなく今回のMVPの一人だった。
だから来年に向けてじゃっかんの心配も生じた。

こんな流暢に(かついんちき臭く)うんちくを語れる人材が来年もいるだろうか。
いやそれよりなにより、白無垢のジャケットなぞ持っている人材がいるのだろうか。

aeg.jpg

電球の真下、光線を受けてまばゆいばかりの彼を誰が代理できよう。

次回以降の課題としたい(続)。

*余談だが、一日中司会業をこなしていた一方で彼の出番での演奏時間はまことに短く、もはや大御所の格を見せつけていた。





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