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荒野の一ドル銀貨―ブログ版
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ひつじ

平凡なひつじです。
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2006.03.04.定演(三)
■softly
一日目は気が塞いでいた。

人に会えばそれなりに話はするし、熱い演奏を見ればはしゃぎはするのだけど、気を緩めるとだめだった。びっくりばこの中身がひとしきり揺れてから箱に帰るみたいに、ぺしゃりとなって、やがてだまった。むだ毛バンドの後は一人で聴いた。

ジャズという音楽は、どうしてこんなにも聴き手の心に影を落とすのだろうか。

旋律が暗い曲やブルーな曲はもちろん、ど長調の明るい曲にも、やはりどこか陰影を帯びて聴こえる。翳っている。にじんでいる。ような気がする。ことがある。

そんなことを思った。

気がつくと、家を出る前にきちっと閉じてきたはずのあたりにいつのまにか音楽が演奏が忍び込んで、鳴り響いていた。

眼窩付近から液状のものが出て止まらず難儀した。
音楽は不思議だなと思った。

<二日目>

■も
二日目はこの「も」トリオの途中から。
楽しみにしていたのに少し見逃した。

一昨年の定演で『枯葉』の名演を観てから、ごくひそかにこのトリオのファンだった。一年生の時から頭抜けた演奏をしていた割に何か常に不満足そうなトリオで、うかつに「感動しました」などと言うとたいてい「あ、ほんとにー」「そうすか?」と微妙な笑顔で返されるのだった。

昨年は『All The Things You Are』がかなりなことになっていた記憶があるのだけど、最近聞いたところによると本人らはこれっぽっちもできばえに納得しておらず、その後も演奏するたびにへこみ、長く課題曲となっていたそうだ。

褒めがいは、ない。


今年は『My Funny Valentine』一曲ぎりだった。

楽しみにしていたのに、途中から見たせいか曲のどこかからフリージャズになっていたのしか覚えていない。遅れをとった。ベースAMN氏に寄せて一言書きたいのだけど、困った。

今こんなところで明らかにしなくてもいいのだが、四年もジャズ研究会などというサークルに入り浸っていながら、じぶんはいまだにベースプレイの良し悪しがわからない。

せいぜいがところ「カッコいい」「そうでもない」くらいのことしか言えず、しかしそんなくだらないことを言ったとて彼の乾いた魂はうるおわないのだ(たいていその日の出番を終えると控え室などでへこみきっているのに、悪いことにこの時ばかりは上機嫌で、適当にほめるというわけにも行かず、また始末が悪かった)。

どうしたものか。

仕方ないのでもう一度録音を聴いてみることにする。
我ながらねっしんな信徒である。

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2006.03.04.定演(ニ)
■司会
今回初、ばんど入れ替わりの幕間に、「MC」の導入が試みられた。

この大役にばってきされたのが、ジャズ研のイベント前になると必ず「遠くを全力疾走していた」「鉄棒で懸垂していた」、などと目撃談が出るので有名な、ある青年であった。

常ににこやかかつさわやかで物腰ていねいなのだけど、そのくせ、なぜか相手に誠意というものがみじんも伝わらない悲しい人柄で、我々としてはいわゆる<彼=うそくさい>の式でよく知った人物である。いつでも成り立つ安定したうそっぽさには定評があった。

ただどういうわけかひとたびマイクを持って語り始めるとなかなか堂に入ったもので、前大祭ではみずからのバンドの解散宣言を行い、胸を打つスピーチで聴衆の感涙を誘った(メンバーは必死に笑いをこらえてふるふるしていた)。
知らぬ人から見れば、なにかしら訴えかける力はかなりのものらしい。
そのマイク術を買われ、晴れて大役、総合司会である。

青年が世間と来場客をどこまでだましおおせるのか、見ものではあった。

杞憂であった。

見事に進行していた。楽隊が演奏の準備をしているあいだじゅう、青年はしゃべり通した。楽隊の結成のいきさつだの、アピールポイントだの、抱負だのなんだの、曲の解説だの、果てはジャズの歴史講座なんてものまで語っていた。徹底して無為な時間を作らないようにしていた。なかなかだった。なかなかに騙していた。

仕事の完成度の高さはおそらく事前の入念な準備によるところが大きい。原稿係との打ち合わせも怠りなく、当日も持ち歩いていた大荷物の中、ちらりと見えた分厚い資料の束が手間のかかりようを物語っていた。

うそくささも大事にしつつ、しかし何も知らぬ一観客として観ていさえすれば、たいそう立派な進行であったことだろう。来場者に寄せてもらったアンケートにも、事実、数多く彼の名があがっていた。*相当の演奏でよほど感動した場合などでなければこんなには反響は来ないと思う。

間違いなく今回のMVPの一人だった。
だから来年に向けてじゃっかんの心配も生じた。

こんな流暢に(かついんちき臭く)うんちくを語れる人材が来年もいるだろうか。
いやそれよりなにより、白無垢のジャケットなぞ持っている人材がいるのだろうか。

aeg.jpg

電球の真下、光線を受けてまばゆいばかりの彼を誰が代理できよう。

次回以降の課題としたい(続)。

*余談だが、一日中司会業をこなしていた一方で彼の出番での演奏時間はまことに短く、もはや大御所の格を見せつけていた。

2006.03.04.定演(一)
ジャズ研の定期演奏会に行った。

今年は画廊を借り切っての開催だった。
会場がそれまでよりずいぶん小さくなった。例年おおきなホールを借りていてやや客席があまりがちだったのだけど、この画廊ではほどよく埋まっていた。上階が吹き抜けになっていて奏者を見下ろせるというのもざんしんで、色々と新鮮だった。

二日とも朝遅く起きてから行ったので半分ほどしか見られなかった。
印象的だったことなど、いくつか。


■ABばんど 
AB氏の演奏を見られる機会はこれまで非常に貴重なものだった。
本人がしばらくイベントなどから遠ざかっておられたのもあるし、セッションなどで顔を合わせることもまれだった。それで定演への出演を決定なされたのを知って、楽しみにしていたのであった。

よくいえば未知数の(普通にいえばよくわからない)プレイスタイルも魅力といえば魅力であったが、なにかのきっかけでいきなり化けそうな、眠れるなにものか、のような。あるいは、何が起こるかわからない、一寸先は闇、のような。そういう期待の方が勝っていた。

しばらく演奏を見ていない。
どうなるかまるでわからない。
定演初日、五時くらいに会場の画廊に到着した。

AB氏の出番が少し始まってしまっていたようだった。

ピアノWTNB、ドラムYNG、ベースIMIZMの各氏が演奏している。
WTNBさんがすばらしく、思わず演奏に聴き入る。
そして会場をふむふむ見回してみた。

入り口にAB氏がいた。
曲間に拍手をしていた。
楽隊の演奏が終わると照明をいじっていた。


え、あの、出番は?


なんでも直前に手を怪我されて、やむなく出演を断念されたのだとか。

なんということか。
できれば演奏において裏切られたかったのだが。
ぜひ次の機会を見てみたい。お大事に。


■むだ毛ばんど
前回の大学祭から登場した、過剰な楽隊。
何が過剰かというと人員が過剰だ。
コンボ編成なのに総勢七人、今回はテナーサックスが三人にピアノが二人(うちひとりはピアニカ担当)という相変わらず気の狂った構成であった。

怖いものみたさで非常に楽しみにしていた。
けれど通常の意味ですごかった。

個々の実力が確実に増していたのもさることながら、編成・編曲の妙というべきか、過剰なガッキが必ずしも過剰でなかった。配置、演出、小ネタなどなど、案をこらしてきたらしく思われる。ACT氏他楽員らの秘めた熱意に打たれた。

そして特筆すべきはピアノのOYM氏、いや、OYM先生だった。
格段にうまくなっているのに(「いるのに」なのか「いるうえに」かそれとも「いるくせに」か、本当に迷うのだけど)、とにかく、特徴であったところの予測不能さはそのままだった。ジャジーなピアノのさなかに突然すごいところですごい音が鳴る。

華麗と混沌との優雅な結婚。
『SUMMER TIME』は上で知人と大はしゃぎして聴いた。
司会者に後でおこられた。

かなりな楽隊だった。
ぜひまた見たい。

■司会

えいじという名のケンスイ青年であった(続)。





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