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荒野の一ドル銀貨―ブログ版
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ひつじ

平凡なひつじです。
風流かぶれのをかしな日常を
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2004.12.16.閃光
乾きなのか冷気なのか、何が原因なのだか知らないけれど、冬、鼻腔を通して大きく息を吸うと、マブタの裏に一瞬何かがよみがえりそうになることがある。

嗅覚は古い記憶を浮かび上がらせる、と聞く。けれど匂いだけのことではないようだ。喉の奥・鼻の裏あたりが焼け付くような感触、脳に血が巡るような感覚、ナイフのような北風を正面から受けるほほ、いろいろの知覚の総合が、「冬」にまつわる遠い記憶を呼び覚ましているように思う。

それはメモし忘れた夢のようにいつも掴みかけたところで飛び去り、あとにはきまって一種の「うんざり」とした感触が残される。

けれどその理由がわからない。

印象の不鮮明さからしてきっと、10年前まで住んでいた大阪の、あるいはさらにそれ以前の、幼少の記憶の断片を掴みかけているのだ。だが不思議なことに、懐かしいという感情はかけらもおこらず、ただただ「うんざり」感だけを思い出す。

思い出せないほど以前の辛苦の記憶、その亡霊か。

冬以外にはほとんど出現しない。けれどこの時期に限って何か手酷く嫌なことがあったような覚えは無い。一年中均等にあったように思う。

「冬」は時としてひどく陰鬱だ。純粋にまっすぐにうんざりする。
なのにその対象が見えない。いったいなんなのだろう。



…そんなことを書いていたら、やはり夢のように、唐突に意識に浮かんできた。わかった。ついに尻尾を掴んだ。幼かった自分を「うんざり」させるもの、その象徴たるものが冬にはあった。


「忠臣蔵」だ。
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