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荒野の一ドル銀貨―ブログ版
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ひつじ

平凡なひつじです。
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2004.01.20.プロヘッソナル
電車で、雑誌『アエラ』の今週のコピーを見た。

「トリあえず肉は、コケッコウ」

反射的に「モーコケッコウの方がいいのにな」と感じた。一応断っておくがこれがおもしろいというつもりではない。だがそのことと「モーコケッコウの方がいいのにな」と思うこととは、別の問題である。

狂牛に病鳥、世間は食肉への不信にゆらゆらしている。常に世相を見つめ、鋭く切り取り、どんな社会現象であろうとたちまち「どうでもよく」してしまう『アエラ』なのだから、ここは「モーコケッコウ」であるべきはずなのだ。ウシを見過ごしていいはずがない。

それが疑問であり不満であったのだけれど、一日考えていて唐突に悟った。

これはプロによるプロの仕事だ。

日々このくだらないコピーを産み続けている彼らがまさか、今回ウシの「モー」に気がつかないはずはない。なのにあえてそれを外した、とすれば、そこには海より深い意図があるに違いない。そう思ってこの字句を見て欲しい。

「トリあえず肉は、コケッコウ」

すでにこれは完成してしまっているのである。「トリ」と「コケッコウ」とが対になって、鏡像のようにきりりと構築している「鶏」のうつくしさを、「モー」は、むやみに損なってしまうのではないか。

そう気がついてみれば、この一文がなにか、さんぜんと輝きさえ放つようではないか。この「どうでもよさ」に他ならぬ『アエラ』はこだわり、磨き抜いてきた。

社会的役割、完成度、などというものに縛られない『アエラ』の職人たち、そこにきらめく何か赤いもの。

トリもなおさずケッコーなことである。
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