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荒野の一ドル銀貨―ブログ版
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ひつじ

平凡なひつじです。
風流かぶれのをかしな日常を
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2005.07.19.やさしく雨ぞふりしきる(ニ)
世界を、目耳鼻皮(舌)でとらえ、それをどうあらわすか。
コトバとしてどう切り取るか。

コトバ界は、ひとに切り取られた世界の断片が無数に漂う海であり、果てがない。きりもない。だからじぶんのようなコトバ好きはいくら身を浸していても飽きることがない。
まったく見知らぬ世界の記述、空想世界の記述に出会えばただわくわくするし、よく見知ったはずの世界も、切り取ったひとが違えばまるで違う姿をしていてたいそうゆかいだ。

本や書籍から他人のコトバとして取り出したものが自分の感覚と手をつなぐとき、またそこにスペクタクルがありファンタジーがある。


これを踏まえて聞いてもらいたい。


さて、ひとは追い詰められると本性を出すものである。
追い詰められた私がとっさに思いついたのは「漢字」だった。よく知られたことではあるが、私は本中毒者でありコトバ好きでもあり、負けず劣らず漢字フリークでもある。

例えば驟雨。「しゅうう」と読む。
このなんともわずらわしい字形。字自体のフォルムのうつくしさが映えるではないか。

さらに、氷雨。時雨。身を切るような冷たい雨のことだろう。「ひさめ」。語感がすでにをかしである。「しぐれ」とは早い話が「にわか雨」で、驟雨も要するににわか雨のことらしいのだけど、そこを要しないできちんと峻別する、手間。暇。

そして、春雨。春の雨に何かを感じ、思い、わざわざ名をつける心根。そしてまた、ところてんをその雨になぞらえる、風流。まったくの余談ではあるが、私は、もし将来猫と暮らせることになったら最初にこの名をつけると心に決めている。

「漢字もなかなかいいですよ」とて簡単にこれらを挙げた。あまり多くは語らなかったが、そこはやはり通人である。意は通じたようで、短く賛意を表しておられた。

いち風流人としての責務を果たして、しかし私は気になり始めていた。急にはいくつも思いつかなかったけれど、「雨のつく漢字」はまだ無数にあったはずなのだ。古人はいったいどんな風に雨を切り取っていたのだろう。気のおもむくままオンライン辞書で調べてみた。


そこで恐ろしいものを見つけた。ここからが本題である。


goo辞書による「雨」の後方一致検索には実に多様な雨の生態が記録されていた(続)。
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